きっとまた手を繋ぐ 番外編 2 前編
きっとまた手を繋ぐ の続編です。





季節は夏から秋へと移り変わりつつあるが、降り注ぐ太陽の日差しは未だ厳しい。
緑豊かな木の葉の里を一望出来る崖の上。崖下から吹き上げる爽やかな風が、眩しい太陽の日差しに照らされる雑木林の木々を揺らしている。
日差しは厳しいながらも、萌える緑から秋色に染まり始めている木々の下。
「・・・ぁ、ふ・・・っ」
一際大きい木の幹にイルカの身体を固定したカカシは、僅かに俯くイルカの唇を、下から掬い上げるように口付けた。僅かに開かれていた唇の隙間から舌先を忍ばせ、甘い吐息を零すイルカの口腔内を丁寧に愛撫する。
あれだけ渇望していたイルカの愛情が、全ての罪を告白した今も変わらず自分に注がれている事を知ったからだろう。少しだけのつもりで始めた口付けが止められない。
秋の高い空から降り注ぐ日差しから逃れ、薄暗い雑木林の中に隠れて口付けに夢中になっている二人の姿。
それを、茂る木々が覆い隠してくれているが、カカシはこの後、就かなければならない任務を控えている。
(・・・そろそろ催促の式が飛んで来そうだ・・・)
そう思いながらも、力が入らなくなって来たらしいイルカの腰に片腕を回すカカシが、その身体をぐっと抱き寄せた次の瞬間。
「・・・っ」
二人の頭上で、召集を告げる式の甲高い鳴き声が響き渡った。それを聞いたイルカが、それまでうっとりと閉じていた漆黒の瞳をハッとしたように見開く。
カカシが今回請け負った任務は単独ではない。これ以上部下を待たせるのは不味いだろう。
「・・・呼ばれちゃった」
ゆっくりと口付けを解き、僅かに息を乱すイルカの頬を掌で撫でるカカシは、小さく苦笑しながらそう告げる。
すると、こんな場所で口付けに夢中になってしまった事が恥ずかしいのだろうか。見つめるカカシから僅かに視線を逸らすイルカの顔が赤く染まった。
可愛らしい表情を見せるイルカに深蒼の瞳をふと柔らかく細めるカカシは、「イルカ先生」とイルカの名を呼ぶ。
離れ難いが、長期任務から戻ったばかりで今回の任期は数日。それも、ごく簡単なものだ。
「数日で戻って来ますから、あの家で待っててくれる?手入れは頼んであるから、少し掃除すれば・・・」
すぐにでも住めるはずと続けようとしたカカシの言葉を、小さく笑みを浮かべるイルカが「大丈夫です」と遮る。
銀髪を揺らして小さく首を傾げるカカシの視線の先。
「この一年間、あの家の手入れは俺がしてましたから。今日からでも住めますよ」
笑みを深めるイルカから、そう告げられたカカシの深蒼の瞳が見開かれる。
「・・・あの家で待っています」
泣きそうなのだろう。眉尻を下げながらも、嬉しそうな笑みを浮かべて見せるイルカに堪らなくなったカカシは、気付けばその身体をきつく抱き締めていた。イルカの首筋に顔を埋め、浮かびそうになる涙を堪える。
(・・・あなたは・・・っ)
以前と全く変わらず、自分に対してどこまでも献身的なイルカが愛おし過ぎて苦しい。
記憶を取り戻してからの約一年間、イルカがどんな想いであの家の手入れをしていたのか、それを想像しただけで胸が張り裂けてしまいそうだった。
「・・・行って来ます」
胸に溢れるこの想いを余す所無く伝えたいが、今は時間が無い。
抱き締めていたイルカの身体をそっと離したカカシは、小さく笑みを浮かべてそう告げる。
「ご武運を」
するとイルカは、柔らかな笑みを浮かべてそう言って、カカシを任務へと送り出してくれた。





茜色に染まる大門の周りを、同じ色をした蜻蛉が飛び交っている。
怪我も無く無事に帰還して早々、大門前で数名の部下たちに解散を告げたカカシは、報告書を提出する為、急いで受付所へと向かった。
夕日に照らされ、橙色に染まる受付所の扉の前。
イルカが居るかもしれないと思われていた受付所内は、だが、シフトが変わってしまったのだろうか。その柔らかな気配を感じ取る事は出来なかった。
僅かに落胆しながら受付所の扉に手を掛けるカカシは、がらりとその扉を開ける。
「・・・おや。随分とお早い帰還だねぇ」
開けた途端、カウンターに着いていた綱手から、そんな言葉と共に人の悪そうな笑みを向けられたカカシは、ふと小さく苦笑していた。
予定よりも半日ほど早い帰還だ。
イルカがあの家で待っていると言ってくれたからだろうか。カカシも、こんなにも早く帰還出来るとは思っていなかった。
「愛妻が待ってくれていますから」
綱手の隣に座っていたヤナギの前へと歩み寄り、持っていた報告書を差し出すカカシは、綱手の揶揄にも動じる事無く、外界に唯一晒している右目を弓形に細めて見せる。
すると、カカシをからかっても詰まらないと理解してくれたのだろう。里を統べる女傑は、チッと小さく舌打ちしながら手元の書類に視線を落とした。
そんな綱手を横目に苦笑を深めるカカシは、報告書をチェックしてくれているヤナギへと視線を向ける。
「・・・色々と悪かった」
主語を省いた短い言葉ではあったが、聡明なヤナギは理解してくれたらしい。チラと視線を上げたヤナギは、手元の報告書へ視線を戻しながら小さく苦笑して見せた。
「イルカも大概不器用な奴ですけど、はたけ上忍もイルカに劣らず不器用なんですね」
そんな言葉を返され、何も反論出来ないカカシは苦笑する。
「ホラ、『似たもの夫婦』って言うでしょ?」
小さく首を傾げるカカシがそう告げると、報告書に視線を落としたままのヤナギの苦笑が深くなる。
「・・・今回もお前に助けられた。感謝するよ、ヤナギ」
そんなヤナギを真っ直ぐに見つめるカカシが改めて感謝の言葉を告げると、「結構です」と報告書の受理を終えたヤナギは続けて、「俺は何もしてませんよ」と、小さく笑ってそう言ってくれた。