きっとまた手を繋ぐ 番外編 2 中編






日が暮れるのがだいぶ早くなった。
チカチカと点滅しながら灯る街灯を横目に、受付所を有する建物を出たカカシは、イルカと二人で暮らしていた家へと急ぐ。
カカシの部隊が今日帰還する事は、事前に里に連絡してある。
受付所にイルカが居なかったという事は、既に帰宅してカカシを待ってくれているのだろう。
里の中心部から少し離れた場所。涼しい風に銀髪を撫でられながら向かった我が家は、カカシの予想通り、窓から暖かな明かりが漏れていた。
あまりにも懐かしい光景だ。
深蒼の瞳を切なく眇めながら玄関の前にゆっくりと立つカカシは、肌身離さず大事に持っていた鍵で玄関の扉を開ける。
「ただいま」
額当てを取り去り、履いていたサンダルを脱ぎながら奥へとそう声を掛けると、カカシの帰りを待ち望んでくれていたのだろうか。白いエプロン姿のイルカが、すぐに出迎えてくれた。
「・・・お帰りなさい、カカシ様」
嬉しそうな笑みを小さく浮かべるイルカから感慨深そうにそう告げられ、カカシはイルカの側にようやく戻って来れた事を実感する。
何気ない挨拶が嬉しい。
「ん。・・・何か作ってくれてるの?美味しそうな匂いがする」
深蒼の瞳を柔らかく細めるカカシが、口布を引き下げながらそう問い掛けると、額当てを受け取ってくれていたイルカから、面映そうな笑みが返って来た。
「秋刀魚を焼いてるんです。そろそろ焼き上がりますから、手を洗って来て下さい」
どうやらイルカは、カカシの好物を用意して待ってくれていたらしい。
ベストも預かってくれたイルカに、「ん」と笑みを浮かべて返したカカシは、手を洗うべく洗面台へと足を向ける。
一年半ほど全く立ち寄らなかった我が家であるが、イルカが手入れしてくれていたからだろう。向かった洗面所は、ここに二人で住んでいた頃と全く変わっていなかった。
手甲を外した手を石鹸で綺麗に洗いながら、新調したばかりらしい二人分の歯ブラシを眺めるカカシの深蒼の瞳が、ふと切なく眇められる。
イルカがしてくれていたのは、この家の管理だけではない。
―――あたしが里に戻るまで、イタチにやられたお前を看ていたのはあの子だ。
カカシが昏倒していた間、カカシの世話をし、上忍寮にあるカカシの自室を掃除してくれたのもイルカだろう。
記憶を取り戻したイルカが、どれだけ辛い思いをしたか。イルカの記憶を封じたカカシだからこそ、想像に難くない。
辛い思いをしながらもイルカは、イルカの手を離してしまったカカシを責めなかった。それどころか、何故記憶を失くしてしまったのだと自分を責めていたに違いない。
思わせ振りな態度を示しながらも、二人は伴侶だったのだと言わないカカシに不安を覚えていただろうに、それでもイルカは、カカシの為に尽くしてくれていた。
(・・・ゴメンね、イルカ先生・・・)
謝罪の言葉をどれだけ尽くしても足りないが、謝罪の言葉は恐らくイルカには望まれていない。
―――もう手を離そうなんて考えないで下さい、カカシさま・・・っ。
カカシに出来る事は、カカシの願いでもあるイルカからの切なる願いを、もう決して違えない事だけだ。
泡立てた石鹸を綺麗に洗い落とし、側に掛けてあったタオルで濡れた手を拭うカカシから、ふと小さく溜息が零れ落ちる。
約一年半も離れていたのだ。
帰宅してからのイルカの態度が、どこか余所余所しい気がするのは、二人きりで過ごすのが久しぶりだからだろう。
その事を少し淋しく思うカカシは、自業自得だと小さく自嘲しながら、美味い匂いが漂って来るリビングへと足を向けた。




秋刀魚の塩焼きに茄子の味噌汁。
過ぎてしまったカカシの誕生日を祝ってくれるつもりなのだろう。リビングの中央に置かれたテーブルの上には、カカシの好物ばかりが並んでいた。
「座ってて下さい、カカシ様」
少し緊張しているのだろうか。ぎこちないものの、嬉しそうな笑みを浮かべるイルカが、リビングへとやって来たカカシにソファに座るよう促してくれる。
「ん、ありがと」
促されるがまま、イルカお気に入りのソファに腰掛けたカカシの傍ら。
「・・・あ、酒が無いですね」
テーブルの側に膝を付き、箸を手渡してくれていたイルカが、そんな事を言いながら再び立ち上がろうとする。
「イルカ先生」
酒は後でも構わない。
立ち上がろうとするイルカの手を掴み、そう続けようとしたカカシの目の前。
「・・・っ」
小さく息を呑んだイルカの顔が見る間に赤く染まり、それを見たカカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれる。
イルカは緊張しているのではなく、カカシを激しく意識しているのだと理解した次の瞬間。
「あ・・・っ」
理性の糸が一気に細くなるのを感じたカカシは、ふと気付けば、掴んだイルカの手をぐいと引き寄せていた。そのまま、倒れ込んで来たイルカの身体を抱き上げる。
「ゴメン、食事は後」
その場で押し倒したいのを懸命に堪え、唸るようにそう告げたカカシは、奥にある寝室へと急ぐ。
イルカもカカシと同じ想いなのだろう。カカシの首筋に恥ずかしそうに顔を埋めるイルカが、拒絶する様子は無かった。