いつも同じ場所で 6






朝飲んだ薬が効いてきて、やってくるイルカを待つ間、ベッドの中で寝転んだままうつらうつらとしてしまっていたら。
ピンポンと来客を告げる軽快な音が、リビングの方から聞こえてきて、カカシはイルカが来たのかもと、もぞもぞと起き上がりベッドから這い出した。
と、そこで、自分がパジャマ姿だという事に気がついた。
(どうしよ・・・)
着替えてもいいが、来客がイルカだったら待たせるのは気が引けるし、今は風邪を引いているのだから、イルカも気にしないだろう。
まぁいいかと、布団の上に置いてあったカーディガンを羽織ってよろよろしながら寝室を出ると、リビングにあるインターホンを取った。
「はい」
『イルカです』
「ん。ちょっと待ってて」
思ったとおり来客はイルカで、いそいそと玄関へと向かうと、カギを開けていつもより重たく感じるドアを開いた。
目の前にスーパーの袋を提げたイルカが現れる。
久しぶりに見るイルカは相変わらずかわいくて、嬉しさから笑みが零れる。体のだるさもつらさも、たったそれだけで良くなった気がした。
「いらっしゃい、イルカ先生」
「えっと・・・、おはようございます」
かぁと赤くなったイルカが、視線を逸らしながら挨拶をする。
珍しく視線を真っ直ぐ向けてこないイルカに、どうかしたのかと思っていたら。
「カカシ先生のスーツ以外の格好、初めて見ました・・・」
なんて恥ずかしそうに言われて、初めて見せたプライベートな姿がパジャマ姿だなんてみっともなくて、カカシの方が恥ずかしくなってしまった。
照れ隠しにぽりぽりと頭をかきながら、イルカを招き入れる。
「あー・・・ゴメンね、こんな格好で。待ってる間に寝ちゃってた。とりあえず、上がって?」
「お邪魔します・・・」
イルカにスリッパを出してリビングに案内しながら、カカシは熱からくるものではない胸の高鳴りに途惑っていた。
イルカが何故か凄く緊張していて、動きがどこかぎこちない。
カカシを凄く意識しているのが分かる。
その緊張感が伝わってきているから、カカシもつられてぎこちなくなってしまう。
前までは普通に接してきていたイルカが、こんなになるなんて、一ヶ月会わない間に何かあったのだろうか。
イルカにリビングのソファを勧めて、ちょっと落ち着こうと「お茶淹れるね」と、台所に行こうとしたら、手荷物をソファに置いたイルカに止められた。
「何言ってるんですか。お茶なら、俺が淹れます。カカシ先生は病人なんですから、寝てて下さい。顔赤いですけど、もしかして、咳だけじゃなくて熱もあるんじゃないですか?」
眉を顰めたイルカがそう言って近づいてくる。
そのまま手を伸ばされて、カカシの額にその手が触れた。
「うわっ!凄い熱じゃないですか!」
イルカが、あの真っ直ぐな瞳が、凄く近くから心配そうに見つめてくる。
胸がどきどきして息が苦しくなって、すぅと大きく息を吸おうとしたら、喉が痛んで咳き込んでしまった。イルカに当たらないよう横を向いて、カーディガンの袖で口元を覆う。
マスクくらいしておけばよかった。
これでは、イルカに風邪をうつしてしまう。
「ちょ・・・っ、大丈夫ですか?」
そう言って、背中を擦ってくようとしたイルカから、慌てて少し距離を取る。
「だい、じょうぶ・・・っ、だからっ、あまり側に来ないで・・・っ」
うつしたくなくて、咳の合間にそう言ったカカシのその言葉に、カカシへと伸ばそうとしていた手を止めたイルカが、凄く傷ついた顔をしてしまった。
「・・・すみません」
「あ!違う。ゴメン。あのね、うつしたら困るから、それで・・・」
俯いてしまったイルカに、慌てて弁解をする。
いくら熱があるからといって、言葉が足りないにも程がある。
せっかくイルカがわざわざ来てくれたのに、傷つけてどうするのだ。
「ホント、ごめん。触られるのがイヤだったわけじゃないよ?」
一生懸命言い訳をしても、俯いたまま顔を上げないイルカに焦ってくる。カカシが言った言葉で、こんなにイルカが傷ついてしまうなんて。自分が許せなくなる。
お願いだから、顔を上げて欲しい。
「イルカ先生・・・?」
そっと俯くイルカの顔を覗き込んだら、そのイルカは今にも泣き出してしまいそうな顔をしていて。
(オレの馬鹿野郎ッ)
後で自分には散々罵詈雑言を浴びせかけるとして、今はイルカのフォローだと、きつく握っているイルカの手にそっと触れた。
「ホントにごめんなさい。イルカ先生がイヤなんじゃないんだよ?オレが言葉が足りなかっただけで・・・。風邪、うつったら困るでしょ?」
顔を覗き込んだままそう言ってみるのだが、ますますその黒い瞳に涙が溜まっていってしまう。
瞬いたイルカの目から、一粒涙が零れてしまうと、もう後から後からそれは零れてしまって。ぽたぽたとフローリングに涙が零れ落ちる音が、イルカの鼻を啜る音に重なる。
(あぁ、もう・・・。オレってホントに馬鹿)
自分の不用意な発言でイルカを泣かせてしまったのがもの凄くつらくて、カカシまで泣きたくなってしまった。
発熱から来るだるさが体を覆ってきていて、頭ももう働かない。慰めの言葉を綴りたいけれど、何も思い浮かばなくて。
泣いて俯いているイルカを引き寄せ、腕の中に囲い込んでしまった。
ぎゅっときつく抱きしめる。
「・・・ごめん」
こんな、女にするような慰めの仕方しか思い浮かばない自分を許して欲しい。
どさくさに紛れて、イルカに触れられて嬉しいなんて思っている自分を許して欲しい。
心の中でも謝りながら、とんとんと、子供にするようにイルカの背を叩いて慰めていると。
「カカシ先生の体、熱い・・・」
もぞもぞと身動きしたイルカがカカシの肩に顔を埋めたまま、くぐもった声でそう言ってきた。まだ泣いているのか、小さいその声が少しだけ震えている。
「ん。熱があるからね。うつっちゃったらゴメンね?」
カカシも小さい声でそう言うと、イルカの手がきゅっとパジャマの裾を掴んできた。
「うつってもいいです。カカシ先生がそれで治るなら」
そんな可愛い事を言うイルカに、カカシは苦笑した。
「ダメですよ。うつすなんて絶対ダメ。イルカ先生にこんなつらい思いをさせたくないもの」
今だって、声は変だし、熱のせいでくらくらしているのだ。
半分くらいは自分の腕の中にいるイルカにどきどきしているからなのだが。
「それは構わないんですけど・・・。あの、俺が触っても大丈夫・・・なんですか・・・?」
「全然大丈夫」
それに関しては完全なる誤解なので、即答させてもらう。
「イルカ先生に触られるのは全然平気だよ?ていうか、今はオレが触っちゃってるけど・・・。イルカ先生の方こそイヤじゃない?」
イヤだなんて言われたら、ショックで熱がさらに上がるかもなぁなんて、くだらない事を考えていたら。
イヤだと言われるよりも熱が上がるような事をイルカに言われてしまった。