情けは人の為ならず 3
2015年イル誕





まるで泥棒にでもなった気分だった。
夕闇が迫る上忍寮。辺りをキョロキョロと見回し、誰も居ないのを確認したイルカは、首から大事に提げている合鍵を取り出す。
こうして合鍵を持っていて、家主からも入室の許可を得ているとはいえ、余所様のお宅に勝手に入るのはやはり気が引ける。
「お邪魔します・・・」
主にナルトのせいらしいが、カカシ率いる第七班は任務終了が定刻より遅れるとの報告を受けている。
誰もいないと分かってはいるが、一応そう声を掛け、そうっと中に入るイルカは手近なスイッチを探った。
思っていた以上に緊張していたのだろう。電気が付いた途端、イルカからほぅと安堵の溜息が零れ落ちる。
「・・・よし、まずは片付けと掃除!」
部屋の掃除は毎日じゃなくても構わないと言われているが、昨夜イルカが荷物を持ち込んだ際に埃まで持ち込んでしまっていたらしい。床を掃いてみると、結構なゴミが収穫出来た。
一通り片付けと掃除を済ませ、次は炊事だと台所へと向かう。
買って帰った食材を冷蔵庫から取り出し、気合を入れる為に忍服の両袖を捲り上げたところで、任務を終えたらしいカカシが帰宅したのだろう。玄関から「ただいま」という声が聞こえて来た。
家主のご帰還だ。
「おかえりなさい・・・って、大丈夫ですか!?」
いそいそと出迎えたイルカに苦笑を返すカカシは、何があったというのだろうか。頭の先から足の先までずぶ濡れだった。
「ナルトにやられました。先にシャワー浴びますね」
イルカもアカデミー時代、ナルトにやられた覚えなら嫌という程にある。
だが、昔のように悪戯をしたという訳ではなく、張り切り過ぎたのだろう。
(あちゃー・・・)
今日の第七班は水場での任務と聞いて嫌な予感がしていたのだが、イルカの要らぬカンが的中してしまったようだ。
「大変でしたね」
濡れた額当てとベストを預かり、ナルトが暴走したのなら最も大変だっただろうカカシを労わる。
すると、ふと小さく笑みを浮かべるカカシから、「後で聞かせてあげます。アイツ、大活躍だったんですよ」と予想外な言葉が返って来た。
「え・・・?」
アイツとはナルトの事だろうか。
任務で失敗したのだとばかり思っていたから、カカシの言葉が予想外過ぎて頭が付いて行かない。
「但し、この通りメチャクチャでしたけどね」
そう続けるカカシは迷惑顔ながらどこか嬉しそうで、元担任であるイルカの方まで嬉しくなってしまう。
「じゃ、シャワー行って来ます」
イルカが預かっていた額当てとベストを受け取ったカカシが、銀髪をかき上げながら風呂場へと向かう。
「ちゃんと温まって下さいね」
「ん」
ひらひらと片手を振るカカシの背中を見送り、イルカは急いで台所へと向かった。
疲れているようだったから、元気が出るスタミナ料理に献立変更だ。
「よし、作るぞ!」
冷蔵庫から赤身肉を追加で取り出したイルカは、時折鼻歌を交えながら料理に取り掛かった。



ニンニクをたっぷりと利かせたスタミナ料理が並んだ夕食は、ナルトの大活劇で大盛り上がりだった。
カカシを始めとする周囲に迷惑を掛けたのは宜しくないが、落ちこぼれだったナルトの活躍は、元担任のイルカにとっては喜びもひとしおだ。
上機嫌なイルカは、今や幻と謳われている銘酒まで出してくれたカカシと、そのまま晩酌へとしゃれ込む。
ナルトのアカデミー時代の悪戯の数々を話して聞かせ、聞きたくてもなかなか聞けなかった最近の子供たちの様子を教えて貰ったりと、有意義な時間を過ごす事しばし。
ふと、聞いても良いかと前を置いたカカシから、イルカの個人的な事情を聞かれた。
そういえば、カカシには色々と世話になっているにも関わらず、きちんと事情を説明していなかった。
それだけ自分がいっぱいいっぱいだったのだろうと苦笑するイルカは、旨い酒をちびりちびりと呑みながらつらつらと語り始める。
友人だと思っていた男から、迷惑は掛けないから名前だけ貸して欲しいと言われ、危機感は若干あったものの、相手の熱意に負けて書類にサインしてしまった事。
その後、男はすぐにイルカの前から姿を消し、代わりに強面の借金取りが多額の借用書を手に現れた事。
中忍で内勤のイルカの給料ではなかなか返せる金額ではない。自己破産する事も考えたが、イルカはいつもやる前から諦めるなと子供たちに説教している身だ。まずは努力してみようと思った事を。
「・・・何より、まだあいつの事を信じている自分がいるんです」
そこまで話したところで自分が馬鹿だと再認識したイルカは、「馬鹿ですね、俺」と苦笑を深める。
だが、最後まで真剣な表情でイルカの話を聞いてくれていたカカシは、そんな事は無いと首を振ってくれた。
「・・・ねぇ、イルカ先生」
手元の杯に視線を落とすカカシから名を呼ばれ、イルカは知らず俯いていた顔を上げる。
「その男が見つかったらどうする?」
そう聞かれ、イルカは僅かに逡巡する。
色々と聞きたい事や話したい事はあるが、恐らく自分は、男が無事だった事をまず最初に喜ぶのではないだろうか。
「とりあえず、一発殴ります」
どこまでもお人好しな自分に内心苦笑しながらそう答えると、それを聞いたカカシは何やら考え事をし始めたらしい。「そっか」と呟いたきり、あまり喋らなくなった。